「売り込む」ということ。「あるがままに著す」ということ。

求聞史紀での阿求の独白とか、幻想郷という土地。それから、自分のスタンスとか、いろいろひっくるめて考えてみると……

俺も、どっちかというと、書きたいように書いている、妖怪*1のような部分がある。そこには、「売れる」ことは二の次。書きたいように書き著し、需要など、一切気にしない。
自分で決めた分量程度を、好き勝手なタイミングで、毎回書き出す。
そこには、マーケティングなんて一切無いし、喧伝しようという気すら起こしていない。
幻想郷の人物で言えば、霊夢か、文か、と言ったところ。ん〜……でも、文ほど、「真実」なんて事にこだわっていないから、もっと得体の知れない、それこそ、深山にすんでる、名前も明らかにしない天狗が、スタンス的に近いのかも知れんけどね。

なんか、言いたいことがぼやけてるな。
まぁ、言いたいのは、「売れようとする」ことにも、努力は必要である、と言うこと。時勢の流れを見つめ、そこから、明らかになる方針を読み取り、それに併せて、自分を変えていく、と言う努力。
これは、前に、ぼやき節の中に散らしたと思う、「『変わらなきゃ』も変わらなきゃ」って事に通じている。
商業というのは、何処かで数字を出すことを求められている。それは、数字に顕れにくい『何か』を追求していく同人とは、方向性が違っている事を意味していると思う。もしも、時勢が、その方向に流れているのなら、それに乗っかっていくのも、商業の有る姿なんだろう。同時に、自分たちの力で、作り上げていくのも、また、商業という存在。
とは言え、「自らのあるがままに」、「書く」、「著す」と言うことを、やっていきたい、続けていきたいのなら、商業に偏りそうな部分は、何処かで抑え込む事は必要なんだろうな、と。

いきなり話題を翻してみるけど、「むちむちポーク」に関しては、もう少しバカゲーだと思っていたんだけど……あのキャラデザでは、生理的に受け付けない人が居たとしても、不思議ではないと、理解。フィーバロン的な匂いを期待していたのになぁ。とは言え、入ってきたら、全力で立ち向かう所存……なんだけど、この時期、と聞くと、鋳薔薇smな感じもしてしまう今日この頃ですよ。

なんのかんので、結局、最後ははぐらかして終わるのが、俺だよなぁ(諦)。

この下に、反転で表示されるように仕掛けとくかな。

原題:ちょっと気になったことの断片

後で、主カテゴリー(より左側にあるカテゴリーの方が、抽象的な位置にある)を変更する可能性があるけどね。

  1. 売れること、売ること
    • 舗装された道を爆走していくこと
  2. 「売れるようにする」こと
    • 獣道を、より大きな、整備された道に、舗装していくこと
  3. 見せたいモノを見せること
    • 獣道のきっかけを作ること

なのかねぇ。とかなんとか。

[]

*1:ここで言う『妖怪』とは、阿求の言う、つまり、ZUN氏の見立てによる妖怪