#48・『貴女(ユリ)じゃなきゃ』#7

皆々様、お疲れッした!
42日間・原稿用紙192枚分。劇中時間3日間の、ささやかな物語。最終日にございます。
いろいろ積もる話もありますが、ここは一つ、そんなもの、胸のうちに収めまして、ユリとラスクの二人に投げ込まれた小石の波紋。いかな形を為したのか、見届けいただけますと幸いです。
大まかなおさらいは、00年02月01日に。話の頭自体は、今年の5月1日から。そして、本日を以て、この物語、完結にございます。

貴女(ユリ)じゃなきゃ#7

<-『貴女(ユリ)じゃなきゃ#6』

 ラスクと共に、自分の部屋に戻ると、着替えにかかることなく、胸につかえていた質問をラスクに投げかけた。
「あのさ、ラスク」
「何?」
 自分の着替えを見まいとしているのか、ラスクは、向き直りもせずに、言葉だけを投げ返していた。
「……私、でよかったの? シャロンやクララの方が、良いんじゃないかなって」
「何言ってるのさ」
「改めてね、トーナメントで戦ってるラスクを見たんだけどさ」
「昨日のこと? ちょっと恥ずかしいところ、見られちゃったんだ」
「私なんかとは、比べものにならない程スマート」「何が、言いたいのさ?」
 ユリの言葉を、ラスクの言葉が遮った。
「じゃなかったら、あんなことしない…… ううん。できない! ユリだからだよ?」
 自分でも混乱し始めていると理解したのか、そんな自分を鎮めるために、深呼吸する様が見てとれる。
「フィギュア持ってきたとき、チョコレートも持ってきてくれたよね? ラスクだけだよ、って言って」
「うん……」
「それが、嬉しかったから! ものすごく嬉しかったから! 何を返せばいいのか、一生懸命考えたんだ! どうしたらいいのか? 何を返したら、釣り合いが取れるのか。けど、判んなくて、みんななら、何か知ってる、応えてくれると思ったけど、誰も応えてくれなくて、タイガさんに訊いたら、自分で決めろって」
 自分を落ち着かせるための深呼吸も、その意味がなくなり始めていた。口にしなくても良い、いや、言葉にするまでもない思いまでもが、弱気な態度を覗かせるユリに対する抗議と言わんばかりに溢れてくる。
「もう……ああするしか思いつかなかったの! 特別な人に、特別だよって言われて、ぼくから返せるの、あれしかなかったの!」
「けど」「後悔なんてしてない!」
 ユリが続けようとした言葉を遮って、ラスクが言葉を続けた。
「ユリだから後悔しないの! 自分の好きなようにやる強引なところとか、普通なら恥ずかしがるようなことを、平気で言ったりやったりするところとか!」
「でも、ラスク、嫌がってるじゃない」
「簡単に見ちゃ、いけない……気がしてるから、だもの。ユリだから……簡単に見ちゃいけないの! 二人きりでも。ましてや、人にも見せたくないの!」
 ユリは、自分がラスクに言った言葉が、そっくり還ってきたことに気がついた。
「私だから?」
 恐る恐るの問いかけに、ラスクはコクリと頷いた。
「ユリじゃなかったら、『ここに来る』とか、『泊まりに来るの?』とか聴かないもの。何かの時は、本気で闘うって決める必要もないもの!」
――ユリはぼくのこと、嫌いなの?
 ユリに告げる一方で、ラスクは、そんな不安に駆られていた。自分に向き直ろうとしない緑髪の少年の肩が、ふるふると震え始めたように、ユリに見えた。
「一つ、聴いて良い?」
 肩を揺らしながら、ラスクがコクリと頷く。
「私で、良いんだね?」
「じゃなきゃヤダって、言ってるのに! どうし」
 涙交じりのラスクの言葉が途中で止まる。問いかけながら、彼に歩み寄ったユリが、後ろから、壊れ物を抱くように、そっと抱きしめたからだ。
「ごめん。私独りで、不安になっちゃってたんだね」
 囁くように謝る以外、ユリにはできなかった。
 なぜなら、自分の抱いていた不安、「ラスクの中に自分の居場所がないのではないか?」との不安が、空回りだと言うことを、ラスクに教えられたからだ。
 たとえ、空回りから生まれた不安とはいえ、それがどれほど辛いものなのか、身を以て実感したことで、ラスクが感じていた辛さを、おぼろげに掴んだ気がした。
 もしかすると、シャロンがあんな質問をしたのは、そして、あんな言葉を投げ返してきたのは、彼女の中で、ラスクに対してフラグが立っていたのかも知れない、とユリは思うことにした。
「ユリは、ぼくのこと嫌いになったの?」
 ユリは、ラスクの問いかけに直接応えなかった。
「私の前でだけ、泣いてくれたんだね。で、教えてくれたんだね。私は、ラスクにとって特別なんだって」
 ラスクは、ユリの言葉に頷くことで応える。
「ありがと。好きだよ、ラスク」
「ユリのこと、好きでいても良いんだよね?」
「いいに決まってるじゃない」
「初めて逢ったときから、好きだよ」
 悪意より、慈しみの方が強い声で、ユリは、ラスクの言葉に応えた。
「ませがき」

See you next story.

今日のあとがき(ダベリとも言う)

最後の最後は、普段より多めになったことをお許しください。
延べ日数11週間と2日。計79日間中の42日間に渡る彼らの日常のささやかな断片。このような駄文にお付き合いいただき、恐悦至極にございます。ラストシーンをどういう形でまとめるのか考えないままに、出航させ、気がつけば、ラスクよりも、ユリの方が登場シーンの多い、みょんな物語となってしまいましたが、この日、この欠片までお付き合いいただいた皆々様が、楽しんでいただき、また、次なる物語を望んでいただけるのならば幸いです。

書き始めた時期のは、風薫る5月。頃合い、まさに、ティルアイス@ラスクの上級昇格当日……と言いたいところではありますが、実のところ、そのちょっと前から、構想としては存在しておりました。QMA1の頃から、ラスクには、「好きなこと:貯金」とのプロフィールの影響か、金回りの話がついてまわり、腹黒だのなんだのと言われておりましたが、おいらは、そこへちょっとしたスパイスを利かせて解釈してみました。その表れが、購買部娘との姉弟設定であり、両親は賢者であるものの……、とのこの話のもう一つの背骨とも言えるモノであることは、ここまでお付き合いいただいた方々にはご承知のことでございましょう。そこに、ユリ×ラスクとのカップリングを混ぜ合わせ、『裕福な家庭で育ったからと言って実子とは限らない』との言葉で型を抜き、ルキアに首を突っ込ませてみた結果、このような形に結実いたしました。
本当は、もう少し短い話にするつもりではあったのですが……気がつけば、原稿用紙200枚弱の結構な分量。短編と呼ぶには、少々長く、かといって長編と呼ぶには、短すぎる、微妙な分量ではありますが、これにて、『境界線』。一巻の終わりにございます。
さて、翻りまして、この物語における、ラスク・ユリのモデルとなった二人の現況でございますが、ティルは、上級5、メルフィス@ユリは、魔導10に到達。結局、ラスクが追いつく日を待つことなく、ユリは魔導に昇格したわけですが……
昇格した日。結構大変な約束を、ユリはラスクと交わしてしまいます。この約束のこともあって、QMAをプレイしたときの小咄を挙げることが出来なくなってしまいました。とは言え、察しの良い方ならば、敢えて言わずとも、この「覚え書き」の中に書き散らした願望の中から読み取ることができるかも知れません。その約束が、どのような内容なのか。それは、また、別の物語。

長々と、口上を述べてまいりましたが、これにて、『境界線』完結とさせていただきます。
皆々様、お付き合いいただき、真にありがとうございました。
追伸:
14時台に、お越しになった方々、型指定バトンの回答のみでお茶を濁してしまい、申し訳ありませんでした。